瑞穂雅楽会楽師の三田由紀野と申します。今回は私に寄稿依頼を頂きました。初めてですのでやはり、他のメンバーと同じく、雅楽に対する思いや私なりに感じている雅楽の魅力などをお伝えしようと思います。

 雅楽をはじめたきっかけを覚えておりません。幼少の頃の私にとって雅楽は、日常一番耳にする機会の多い音楽でありました。毎日誰かしらが、何らかの稽古をしておりました。私は篳篥の稽古を邪魔するのが大好きでした。篳篥を吹いているすぐ傍で、両手で耳を塞いだり開いたりすると、子供心になんとも面白い音の変化が楽しめました。その頃は笙や龍笛は離れたところから聴いているだけで、すぐ隣に行くということはなかったように記憶しています。

 初めは笙と打ち物からさわりました。どちらも小学校にあがってすぐくらいからだと思います。今はほとんど龍笛を吹いておりますから笙を吹く機会は多くはありませんが、小さな頃に身についたものは忘れることが無いようで、今でも笙を吹くことはわりと好きですし、合奏をする時も笙の方がどんなふうに吹いていらっしゃるかはとても気になります。打ち物のほうは昔も今も鉦鼓が一番好きです。しかしこれは歳を重ねるごとに、どんな間で打ってゆくか頭で考えるようになってきてしまい、それがよくない方向に作用してしまうこともしばしばあります。まだ小学生だった私が鉦鼓をしている音源など聴きますと、つまらない頭の使い方をせずにゆるぎない「勘」で打っているので、本当に絶妙のタイミングで音が入ってきていることにあらためて気づかされたりします。その頃の私をよく知っている方の中には、冗談で私のことを「打ち物の名手」と仰る方もいらっしゃいます。

 幼い頃は本当に恐いもの知らずでして・・・こんなこともありました。私が十歳になるかならないかの頃だったと思います。とある演奏会で、とても有名な雅楽家の皆さんに混じって、兄が舞う陵王の鉦鼓をさせていただいた時のことです。今は某雅楽会の代表をされている方が太鼓でいらっしゃいました。しかし彼は当時打ち物の経験が浅かったようで、リハーサルでも楽譜にかじりつきになって、それでも所々間違われていたのでしょう、見かねた私は彼に一言「太鼓が間違えると皆さんもご迷惑でしょうから、もし鉦鼓の方がお得意なら、私が変わりましょうか?」と、申し出たのでした。彼は「本番までには間違わないように、ちゃんと見直しておきますから。」とお答えになりました。私は「私にも出来ることですから、ぜひそうなさってください。」と言いました。全く、ものすごく図々しい子供でした。

 龍笛は十歳を過ぎた頃から吹き始めました。三人兄妹で、兄は篳篥・姉は笙を既に本格的にお稽古しておりましたので、末妹の私が龍笛吹きになることは、半ば当たり前のようにも思っておりました。しかし龍笛を上手に吹けるようになりたいと願ったのは、現在も私の師である安斎省吾先生の音に憧れたから、というのが一番大きな理由だと思われます。初めて先生に「私に笛を教えてください。」とご挨拶申し上げた時、先生は私に三つの質問をなさいました。「龍笛が好きですか。」「私の演奏が好きですか。」「私以外に好きな笛吹きは居ますか。」そしてその後、「もし私より好きな笛吹きが居るのなら、私に習うべきじゃありませんよ。」と仰いました。私は私が望んで安斎先生を師とすることを決めました。そして先生はそれに応じて下さった。ですから私は、私以上に恵まれた環境で雅楽を学んでいる人など、この世に一人もいないと自負しております。本当に幸福です。

 話はかわりますが、雅楽以外にも興味を持っていることは沢山御座います。空いた時間や休日などには、ヴァイオリンを弾くことが多いですね。今まではもっぱらアマチュアオーケストラで演奏することが多かったのですが、少し前に弦楽合奏団に入団いたしまして、弦楽器特有の心地よいサウンドにどっぷり浸って楽しんでおります。音楽は聴くのも大好きです。最近はJAZZのCDを増やしています。移動中に聴くのはほとんどJAZZです(夏場はTUBEですが)。歌うことも大好きです。温泉に行くと、宿のカラオケでナツメロを歌います。見知らぬお客様が喜んでくださったりすると、調子に乗っていろんな曲を歌います。他に趣味はというと・・・一番の趣味は仏像です(大学では日本彫刻史を専攻しておりました)。まとまって時間ができると、美術館か博物館か寺社にいることが多いです。そういう時間はいろんな形で糧になります。気のおけない友人達とお酒を共にするのも大好きです。美味しいお鍋や焼き鳥に、辛口の良い日本酒があったりしたら・・・こんなに幸せなことはありませんね。

 話が脱線してしまいましたね。

 最後に、「雅楽の魅力ってなんですか。」「雅楽のどんなところが好きですか。」と聞かれることは本当に多いです。私は最近こう答えています。「クラシックもジャズもロックもポップスもフォークもテクノもフュージョンも大好きです。でも、それでも私が一番雅楽にこだわるのは、雅楽の持つグルーヴ感が、一番私の血液に合う気がするからです。」それはちょうど、イタリアの教会建築を観て感動するのと奈良公園を散策して感動するのが、私の中で大きく異なることや、慶派の作品を見て感じるものとレオナルドの作品を見て感じるものが、私の中で大きく異なる、そういう感覚に近いんだと思います。

 三田徳明の妹に生まれて二十数年、龍笛
を吹きはじめてからもだいぶ経ちますが、私はまだどこに行っても「徳明の妹」と言われ続けています。一日も早く「雅楽家・龍笛吹きの三田由紀野」という名が「徳明の妹」というレッテルを突き破ってくれるように、日々努力、精進を重ねてゆきたいと思っている今日この頃です。

 
2月号
月刊瑞穂雅楽会